日本共産党 田村智子
コラム

【11.08.13】この夏の気分転換は…映画

7・8月に観た3本を紹介します

休日、そして「半日時間があいた」という日。
息子は部活、娘は友達と遊びに行ったり、それでは映画に行こう、という日が何日かありました。

まずは中国映画「海洋天堂」。銀座の小さな映画館はいつもより多数の観客。
主演がジェット・リーだからか?(私は全く知らなかったのですが、アクション俳優として著名だとか)、と思ってみたり。

静かに時が流れていくような、優しくて美しい映画です。
自閉症の息子と二人暮らしの父親は、末期がん。
「大福(ターフー)を1人残すわけにはいかない」、父親の行動の一つひとつが、じわじわと胸にしみてきます。

成人した障害者が親なき後にどこで、どのように生活するのか。
映画では、いくつもの施設をあたった後に、有志が運営するグループホームに入居できることになるのですが、中国も厳しい現実を抱えていることがうかがえます。

バスの乗り方、買い物の仕方、1人で着替え、卵料理を作る、自立を教える父親が最後に息子に教えたことは…。
「父さんはウミガメだよ。いつまでもお前と一緒だよ」

父親が働く水族館で、閉館時間に水槽で泳ぐことが何よりも好きな大福。
大きなカゴでカメの甲羅をつくり、それをしょって(カメになって)大福と泳ごうとする父親。
滑稽でかっこ悪くて、そのうえ溺れかけて、バラエティ番組ならば「お笑い」シーンなのに、あまりの切なさに笑いではなく涙があふれてきます。

どんな障碍をもつ人も、最上の優しさに包まれていたならば、どんなにかこの社会は優しく美しいものになるだろうか。
実現不可能ではない、実現しなければならない「パラダイス」を観るひとときでした。


次は、「人生、ここにあり!」。とにかく、面白い!
イタリアという国にがぜん興味がわいてきます。
精神病院が法律によって閉鎖され、元患者たちは生産活動に加わるために協同組合をつくる(政府の政策によって「設立させられた」というのが本当のところ)。
会社の労働組合を事実上クビになって、この組合に加わることになった男ネッロが主人公。

封書の切手貼りという「単純作業」ではなく、給料がまともに受け取れる「仕事」をしよう、と組合員に提起するネッロ。
この話し合いの場面は、なんともエキサイティング。民主主義の原点をみるようです。
組合員は誰もが意見を述べる権利がある。
それが言葉にならないものであっても、どんな内容でも、意思表示に対して敬意をもって接する。

個性を生かした役割分担。その大胆さは、映画になると爆笑を引き起こします。
給料をもらえる、自分で買い物ができる、自立した生活ができる、一つひとつが患者たちにどんなに新鮮な喜びをもたらすか。
うまくいくことばかりではない。あまりに悲しい壁にもぶつかる。
それでも、人として生きる権利は誰にでもある。爽快感にあふれて、映画館を出る時には「明日はもっとがんばろう!」と素直に思えました。


「黄色い星の子どもたち」、号泣でした。
1942年7月16日(巴里祭からわずか3日後!)、フランス政府がユダヤ人1万3000人を一斉検挙。
この事件は50年間も、「ナチスドイツによるユダヤ人迫害」とされていたそうです。
フランス政府が命じ、フランス警察が検挙を行った――半世紀を経てフランス政府が認めたという事実には二重に驚かされます。
史実が長きにわたって隠されてきたこと、そして、過去のこととせずに、50年後に政府が事実を認め謝罪したこと。
日本政府に突き刺さる事実です。

検挙のすさまじさ、巨大な競輪場のスタジアムに水も食料も与えられず収容された場面も、言葉を失います。
家畜小屋のような収容所への移送は、「シンドラーのリスト」の場面そのもの。
収容所の場面の合間に、ヒトラーと家族がバカンスを楽しむかのような場面、フランス政府の面々がワインを片手にユダヤ人殺戮を計画する場面が挿入され、理不尽さを鮮やかに描きます。

こらえきれずに号泣したのは、収容所から大人だけが移送されるシーン。
移送先は「最終処分」収容所。アウシュビッツと同じですが、その事実は伝えられません。
「移送」を命じられ、荷物をまとめて集合したユダヤ人たち。ところが突然、「子どもだけ残る」と宣言される。

力づくで母親から引き離される子どもたち。
泣き叫び、殴られてもけられても、子どものもとに向かおうとする母親たち。
有刺鉄線にもしがみつき、子どものもとに行こうとする父親たち。
最後には、フランス兵が銃口を子どもにまで向け、威嚇射撃で大人たちを黙らせる。

移民への批判、他の民族をおとしめる思想、その行き着く先のあまりの非道さ、理不尽さ。
顔は涙でぐしょぐしょ。第2次世界大戦とはなんだったのか、歴史の検証は終わっていません。
日本が強制連行したアジアの人たちがどのような苦しみを経験したのか、私たちも検証しなkればなりません。


こういう映画、東京にいるから気軽に観られるんだよなぁと、つくづく思います。
全国ロードショーになる映画はごく一握り。
こんなに素敵な映画がたくさんあるのに、なんとも残念なことです。