日本共産党 田村智子
コラム

【10.02.17】自衛隊の習志野駐屯地を視察

ミサイル防衛の拠点を目の当たりに

 
寒い寒い朝。手も足もかじかむなか、自衛隊駐屯地へと足を踏み入れました。
入口には迷彩色の隊員がコートも上着もなく立っています。
「寒くないのですか? これも訓練の一環ですか?」と、思わず声をかけてしまいました。
「いつもこの格好ですから、慣れています。寒いですけどね」

はじめに案内されたのは会議室。
習志野の陸上自衛隊、航空自衛隊の概要の説明を受けました。
驚くのは、戦前の陸軍、空軍の歴史から途切れることなく沿革が語られることです。

日本の軍隊は、終戦にともなって解消されたのではなかったのか。
自衛隊は、軍隊ではない全く別の組織としてつくられたのではなかったのか。
軍隊から一貫した流れで、終戦の歴史も、日本国憲法の制定も一言も出てこない説明に、大きな違和感を抱かざるを得ませんでした。

説明が終わったのは、予定時間から2分ほど過ぎていました。
「遅れておりますので、速やかな移動を」との案内。
これほど正確な分刻みの行動を要求される視察も初めてです。

浅田次郎氏が、明治政府のもとで「時刻」がもちこまれて苦悩する武士の姿を描いた短編があります。
そこで、秒刻みの時計が、軍隊の射撃訓練で活用される場面がでてきます。何時何分にいっせい射撃、この時計を読み間違えると命にかかわる、という場面。

マイクロバスで移動して、用意された長靴にはきかえ、向かった先は藪を切り開いたような場所。
少し先の上空に、飛行機からのパラシュート降下訓練が小さく見えます。
そして藪原の向こうには、マンションや工場。

「ここに弾薬庫を2棟建設します」
現在1トンほどの規模の弾薬庫が、21トンの爆弾を収納するのだといいます。
住宅地から離れているから安全基準はクリアしているとの説明。
「何につかうための弾薬なのか」と聞いても、それはお答えできません。

「時間が過ぎていますので」と、また声をかけられ、続いて向かったのはミサイル防衛の発射台が置かれた場所。
今度は航空自衛隊の制服に身をつつんだ隊員から説明をうけました。
日本上空を通るミサイルを大気圏外で打ち落とすのは、海上自衛隊のイージス艦。
ここにおかれた発射台は、ミサイルが大気圏に突入するところで打ち落とそうというもの。

「イージス艦は実弾訓練をやりましたよね。この発射台は実際に使ったことはありますか?」
「いえ、市谷への移動訓練はしていますが、実際に使ったことはありません」
イージス艦の訓練は、ミサイルを打ち落とすのに失敗したはずです。

なぜこんなシステムや大量の弾薬が日本に必要なのか、根本的な疑問がわきあがります。
同時に、その根本議論がないままに、こうして着々と軍事拡大のレールがしかれていることが恐ろしくなります。
手がかじかんでメモをとるのもつらい。風も、説明の内容も、寒々としてくるのです。

一時間という限定された時間で、詳しい説明を求めることは難しい。
加えて、「それ以上はお話できません」「こちら側の撮影はできません」という制約。
ここに切り込んでいく新しい政治は、相当な覚悟がなければ執行できないでしょう。
民主党の政権が踏み込めない「聖域」の一部が見えたようでした。