日本共産党 田村智子
コラム

【09.07.17】ご支援ありがとうございました

「時代をつくる」時代の始まりを実感しています

7月13日、東京都議選の開票結果は「惜敗」。
4人区の葛飾区は、最後の1議席をめぐって、自民党現職の二人と私の団子レースでした。
あと3000票届かない…。

「悔しい」という言葉しか思いつきませんでした。
4人目の当確が流れて、事務所であいさつ。
「読売」の記者に、「敗因は」と聞かれて、しばし言葉につまりました。

「マスコミが報道する、自民対民主、とは異なる見方、都政の政策をどうしたら広範囲に伝えられるか、ここの努力が問われているのだと思います」
そういうことをこたえた記憶があります。

私が東京都政の問題で掲げた政策は、大きな反響、熱い共感があったことは事実です。
「75歳以上の医療費無料」「長生きを厄介者扱いする政治を許さない」
たまたま通りかかった女性が、涙をうかべていたこともありました。
「何かご苦労されているのですか?」
「主人が3ヶ月入院しています。手術のやりようのない状態です。医療費が払えなくて…」
涙がほほを伝っていました。

「お庭のある保育園をもっとつくろう」
1歳になる子どもさんを自転車に乗せていた女性が話しかけてきました。
「この子もお庭のない保育園に預けています。一日中、日が射さないのがかわいそうで…」

くらしの願いは切実です。その思いにこたえる政策が、これまで以上に響いている。
同時にもっと強烈に、「もう自民党政治を終わらせて」という要求が、激しく沸き起こっているのですね。

民主党の圧勝、2年前の参議院選挙と同じ結果に、悔しさが募ります。
そこであと一歩私たちも踏みとどまるのに何が足りなかったのか。

大きな時代の流れで見たとき、2009年は歴史的な年になるのでしょう。
それは自民・公明政治の崩壊というより、「新しい時代を造る」時代の始まりとして。

都議会での日本共産党の議席が13議席から8議席に後退したことは痛いし悔しい。
けれど、私たちはつぶされなかった。
激動のなかで土台を崩されることはなかった。
あと一歩がどれほど力のいる一歩かを、あらためて知ることもできた。

苦労しよう。
強靭な意志を持ち続けよう。
「確かな意志をもって時代を開拓した」と胸をはって言えるように。

更新までに何日かたってしまい、ご心配をおかけしたことと思います。
田村智子は、「政治革新」の道を歩み続けます。
ご支援いただいたみなさん、ありがとうございます。