日本共産党 田村智子
コラム

【07.12.03】信州からりんごが届きました

お礼の電話はやがて教育談義に

 
今年も実家から大きな「ふじりんご」が届きました。
小諸の実家が、お歳暮代わりに親戚・知人に毎年送るじまんの品です。
けれど、自家用には買わないので、今年の出来がどうかを電話で知らせるのが私の役目。

収穫期に雪が降った地域や、雹(ひょう)で被害を受けた地域の話を聞いていたので、まず形から。
大きさは申し分ありません。
手のひらいっぱいにずっしりと重みを感じます。

味は…、届いたのが晩御飯の後で、みんな満腹のため翌日に持ち越すことに。
4人で1個を食べても、かなり食べ応えのあるほどの大きさですから。

お礼の電話で40分以上、おしゃべりしてしまいました。
初めは娘が、クリスマス・プレゼントが何がいいかに迷い(おもちゃがありすぎて、ほしいものが出てこないとは!)、
「スティッチのペンケース」にやっとたどりついたのに、「え? 何ていうもの?」と母は聞き取るのに悪戦苦闘。

「ミッキーマウスみたいなだけど、ミッキーじゃない種類」
「ディズニーのお店で売っているよ」「青くて、犬みたいだけど、かわいくないキャラクター」などなど、娘の隣で私も騒いでしまいました。

息子は剣道の稽古にでかけたので、私が息子の近況報告。
「受験する子が多いんじゃないの? 大丈夫?」と母。
東京の教育事情を垣間見るにつけ、いろいろな不安が起こるようです。

都立中高一貫校ができたことで、中学受験を選択する家庭が急増したように思えます。
どう受け止めたらいいのか、私も胸中は複雑です。

私の本心は、「小学生時代に受験のために、様々なことを犠牲にしてほしくない」ということ。
遊ぶ時間、好きなことに熱中する時間、ぼーっとする時間、自分の時間を楽しんだりもてあましたり、そういうゆとりの部分が子ども時代には必要ではないのかな…と思えてならないのです。

一方で、仲の良い友達が受験を選択することを批判はできない、という思いもあります。
偏差値でがちがちになっているわけでも、家族がとんがっているわけでもないことがわかるだけに複雑な気持ちになります。

「公立の中学校もどこでも入学できるんでしょ? どういう学校を選んだの?」と母。
これまた複雑な思いです。
「選べといわれてもね〜」
結局は剣道部のある学校で歩いて通える学校、ということになったのですが、なんだか気持ちはすっきりしていないのです。

結局「東京は大変だね」というのが母の結論。
こういうすっきりしない気持ちを、多くの方々が抱いているように思えます。
でも、思うままをいえない雰囲気が「受験」という複雑な事情によってつくられているのです。

どこで打開するか、どう打開できるのか。
政治家としての私は、競争教育のおしつけから抜け出す政治を展望できます。
母親としての私に今できることは…。

りんごを囲んでの楽しい気持ちと、教育談義で頭をもたげた悩ましい気持ち。
そんな思いを忘れずに、熟成させていきましょう。