日本共産党の田村智子議員は23日、参院文教科学委員会で学校での「指導死」の問題を取り上げ、学校や教育委員会が第三者委員会による調査や調査結果を遺族に説明するよう強く求めました。
田村氏は、学校は安全配慮義務を負っており、成長に資するべき生徒指導で子どもが自殺に追い込まれるようなことがあってはならないと指摘。馳浩文部科学相は「自殺を選ぶことがないように指導すべきだ。指導によって死を選ぶことはあってはならない」と述べました。
田村氏は指導にあたって、子どもの人権は尊重されなければならず、希望や自尊感情を奪わないことが重要だと指摘。
馳氏は「子どもの権利条約があるというのは当然。どのような指導を行うか配慮が必要で、恐怖で管理をするということはあってはならない」とのべました。
田村氏は生徒指導による自殺(指導死)の多くのケースで学校の遺族に対する十分な説明や第三者委員会による調査が行われていないと指摘。いじめや学校における自殺など重大事案が発生した場合、調査や再発防止策を法令によって学校に義務づけるよう要求。馳氏は「重大な関心を持って受け止めている」と述べました。
2016年3月30日(水) 赤旗
【議事録 文教科学委員会 2016年3月23日】
○田村智子君 日本共産党の田村智子です。
広島県の中学生が余りにも不適切な進路指導によって自死に追い込まれた、この問題を前回の文部科学委員会で質問いたしました。学校での生徒指導が子供を死に追いやってしまうという痛ましい事件を社会的に、あるいは裁判で訴えてきた方々は、これは指導死であると、私たち国会議員にも問題提起をしておられます。
事例を示します。中間試験の物理の試験中に日本史のメモを見ていた。指導監督の教師はカンニングを疑い、試験後五人の教師が入れ替わり立ち替わり約二時間にわたって事情聴取を行った。本人が否定しても繰り返しカンニングが疑われ、この間、御飯を食べることも、お昼御飯ですね、水を飲むこともトイレの休憩も一切なかった。生徒は帰宅後すぐに外出し、隣町のマンションの立体駐車場から飛び降りたと。これ、高校生の事例です。
内閣府と警察庁の調査を見てみますと、二〇〇八年からの八年間で自殺をした児童生徒のうち、教師との人間関係が理由であるということが判明している方は二十五人に上ります。学校という場所は、児童生徒に対して安全配慮義務を負っています。まして、子供の成長に資するべき生徒指導によって生徒が自死に追い込まれる、このようなことは絶対にあってはならないと考えますが、大臣、いかがでしょうか。
○国務大臣(馳浩君) ちょっと、三点、整理してお答えさせていただきます。
まず一点目は、いかなる理由があろうとも、やはり児童生徒に、自ら命を絶つ、死を選ぶということのないように、まずそういう配慮また指導が必要であると、まずこれは基本的な考えです。
それから、広島の事案については、私の方で、特に義家副大臣にも指示をし、現場に行ってやっぱり事実関係を時系列できちんとまた踏まえた上で対応してほしいと。そして、年度内には一定の中間報告としてやはり出すべきである。なぜならば、新年度を迎えておりますので、全国の都道府県の教育委員会や学校現場に対しても、やっぱり中間報告を通じて何らかの警鐘を鳴らしておく必要があると、こういうふうに考えております。
その上で、最後に三点目ですが、いわゆる指導による児童生徒が死を選んでしまうというようなことはあってはならない、このように考えております。
○田村智子君 これ、突然我が子の死に直面した遺族の苦しみというのは、想像をはるかに超えるものです。その苦しみを増幅させているのが、学校で何があったのか、調査や説明を求めてもそれに応えてもらえないということなんですね。
文部科学省が示している子供の自殺が起きたときの背景調査の指針では、遺族への説明について、また調査のための第三者委員会について、どのように記されていますか。
○政府参考人(小松親次郎君) お答え申し上げます。
子供の自殺が起きたときの背景調査の指針、これ平成二十三年度に制定して二十六年度に改訂をしたものでございますけれども、この中で、まず遺族の方々につきましては、これ基本調査から始まりますけれども、まずは基本調査の経過、それから整理した情報等について適切に遺族に説明をすると、そして、その上で外部者等を交えました詳細調査へできるだけ全ての事案について移行するということが基本でございます。
仮にそれが難しい場合でも、少なくとも学校生活に関係する要素が背景に疑われる場合、あるいは遺族の要望がある場合等につきましては、そういったものを、体制を整えまして、詳細調査を実施するということでございます。そして、そのやり方とか方法論等につきましても、遺族の方の御希望を十分捉えて対応する必要があると、こういう趣旨のことを書き込んでございます。
○田村智子君 改訂をされて、全ての事案についての調査が望ましいと。少なくとも遺族の要望がある場合には詳細調査に移行するというふうにされたということなんです。
しかし、「指導死」親の会の皆さんにお話をお聞きしますと、やはり情報を出さない方が多いんじゃないだろうかという問題提起があります。これ、指導というのはまさに学校教育の中核的な活動で、これが自殺の原因となると、言わばそれまでの学校教育の在り方の根幹が問われてしまうと。だから、いじめの自殺事案以上に責任や因果関係を否定しようとする、そういう力が働くんじゃないかと、そういう問題提起なんですね。
それで、大臣もこういう親の会の皆さんからの要望も受けて、お話も直接お聞きになったことがあるかと思います。やっぱり、こういう指摘、どう捉えるかということと、やはり詳細調査はもう遺族が要望する場合やるというのが文科省の方針です。やはり学校の内部の調査だけでは限界もある。さっき言ったような、力が働いてちゃんとした調査が行われないという場合もあり得る。となると、やはり外部の方が入った第三者機関による調査、これを行うようにということも求めていくべきだと思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(馳浩君) 学校での事故死、あるいは様々な活動上、お子さんが自ら死を選ぶ、被害者の親の会の方を、是非とも直接話をしたいというので大臣室でお話をいただきました。そのときには、基本的な考えとして、事実関係をきちんと把握すること、それが個人情報の一つの枠というのはありますけれども、できる限り保護者、遺族に対して情報公開されること、この基本的な考えの下で対応するようにと、このことはまず申し上げておるわけであります。
そこで、今お示しいただきました子供の自殺が起きたときの背景調査の指針においては、自殺の調査に当たっては、学校及び学校の設置者が、たとえ自らに不都合なことがあったとしても、事実にしっかりと向き合おうとする姿勢が何よりも何よりも重要であると示しております。また、この指針においては、背景調査を行った際、御遺族に対し適切に説明を行っていく必要があるとしている、としております。
学校においては、この指針にのっとって、事実関係と真摯に向き合い、御遺族の要望に十分に配慮しつつ情報提供していくことが強く望まれると考えております。その上で、この第三者機関によるいわゆる調査ということは、まさしく事案に応じて適切に対応されるべきと、こういうふうに考えております。
○田村智子君 こういう取組を進める上で、私は司法判断というのも是非参考にしていきたいというふうに思うんですね。
昨年十月、さいたま地裁判決で、三郷特別支援学校で起きた事案、教員による小学校一年生の障害児、日常的に暴言とか、つねるとかたたくなどの虐待が繰り返されていたと。これは判決では、学校には、教師による児童に対する暴行の疑いがある場合、当該児童の保護者はもとより、当該学校に在学する保護者が暴行の存在の有無、対象児童の特定、暴行の原因、再発を防止する対策の内容等について知りたいと思うのは当然のことであり、学校がこれらの点を調査し、保護者らに報告するとともに、上記対策を講じ、再発防止をする一般的義務を負うと解すると、こういう司法判断がありました。これは暴行はもちろんなんですけど、これは暴言含まれたものなんですね。指導死についても、やはりこれはまさに命に関わった重大事案です。同様に、調査や報告はやられた方がいいではないと。やはりこれは義務があるんだということで行われていくべきではないかと思いますが、いかがでしょうか。
○政府参考人(小松親次郎君) まず、児童生徒、お子さんが自ら命を絶つというような事態は本当に痛ましいことでございまして、その再発防止等の目的のために真相解明を行う、そのための調査ということは極めて重要であると思っております。
私どもといたしましては、「子供の自殺が起きたときの背景調査の指針」におきましては、児童生徒の自殺が発生した場合は背景調査を行うということを基本としております。これは先ほど御答弁を申し上げたところでございまして、文部科学省といたしましては、理由のいかんを問わず、この方針に沿って適切に背景調査が行われるということになりますように指導をいたしております。
文部科学省としては、引き続き、学校がこの指針に沿って適切かつ丁寧に対応していただくというように指導を徹底してまいる必要があると考えております。
○田村智子君 いじめの問題については、この信義則上、当然に要請される調査報告義務ということをいじめ防止対策推進法の二十八条に明記をしています。
この法律、施行後三年目に入りましたので、見直しという話合いが始まるところなんですが、これ、いじめのみならず、やはり学校における全ての重大事案について調査や再発防止策を行うということを法令によって学校に義務付けるということも求められるんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか、大臣。
○国務大臣(馳浩君) いじめ防止対策推進法の際は、私、座長もさせていただきましたので、今回はその話ではなくて、こういった事故あるいは指導に絡む事案ということでのお尋ねだと思いますので。
私は、これは日頃からやっぱり所轄の警察との連携は学校がまずしておくべきということが一点と、もう一つは、設置者である教育委員会とのやっぱり関係ももちろんあると思います。この中において、問題である事案の場合には、警察との連携も当然ですが、第三者調査委員会の設置も含めて、これは私は条例でされるという場合もあると思いますが、やっぱり法律で検討すべきではないかというこの問題提起については重大に関心を持ってまず受け止めたいと思っております。
○田村智子君 これ、なぜここまで強く言うかといいますと、やはり指導死という事案を訴えておられる方々も、これ学校といろいろ話をする、で、一定の調査の報告があったとしてももうそれで終わり、まさに個別の事案で終わりと。厄介な事件が起きてしまったなぐらいで終わらされていて、その後の生徒指導に何にも生かされていないんじゃないのかという、こういう声がたくさん聞こえてくるからなんですね。
学校は何よりも子供の安全と生命を守る安全配慮義務があります。指導など学校の様々な取組でこの安全配慮義務を徹底していく、そのチェックや不断の見直しということが本当に求められていると思うんですよ。
例えば内閣府の調査を見ますと、自殺総合対策の在り方検討会、この中で、青少年の自殺の特徴として、子供は心理・社会的な未熟さにより衝動的に行動するということが挙げられているわけです。これ、大人の想定を超えた衝動的な行動が起こる可能性が高いんだということですね。
ところが、現に行われている指導をいろいろ聞きますと、数時間にわたって叱責をするとか、同じ事案で何度も指導するとか、あるいは数人で取り囲んで叱責をするとか、これは大人でも自己否定感に襲われたりとか無力感を感じてしまったりとか、もう自分には未来がないと思ってしまったりとか、そういうことに結び付きかねないような指導ということがやっぱりいまだに当たり前に行われているというふうに思うんですよ。
これ、こういう見せしめ的とか人格を否定するようなやり方とか、これは子どもの権利条約にも私は反するやり方だと思います。子供の最善の利益が尊重されて子供の成長、発達に資するように、やり直しの可能性も示唆する、希望や自尊心を奪わない、こういうこと非常に大切だと思いますけれども、その点いかがでしょうか。
○国務大臣(馳浩君) 子どもの権利条約も当然だと思いますが、それを、条約を持ち出すまでもなく、教職員として子供と向き合う際にどのようにやはり指導するか、その指導の程度の問題あるいは指導の在り方の問題というのは当然身に付けておくべきでありますし、誰がどう見ても、保護者から見ても、教育委員会から見ても、どこから見ても、教職員は優越的な地位にあると見られています。その立場にある大人がまだ精神的にも肉体的にも発達の段階にある児童生徒に対してどのような指導を行うのかということは、極めて配慮を持って行わなければいけないと思います。
例えば私のような教職員がいたとして、大きい声を出すだけで、あるいはこうやってにらみつけるだけで萎縮してしまいますよね。あるいは、暴力の一種ですけれども、こうやって黒板をたたいただけで、今も委員の方はちらっと私の方を見ましたけれども、恐怖感を覚えてしまうんですよね。
この指導の在り方については極めて厳格に、そして極めて丁寧に、段階に応じて、生徒との接触の、そして親密度の段階に応じて配慮がなされなければいけないと思いますし、恐怖で管理をするというふうな考え方が教育の中に私はあってはならないと思います。指導するのであるならば、納得、あるいは子供たちが自ら自制をできるような促し方という指導の在り方はあるわけでありますから、そのことについてのまず配慮は必要であると考えております。
○田村智子君 これ、文科省も国立教育政策研究所生徒指導センターの、今日資料でもお配りしました生徒指導体制の在り方についての調査研究報告書、こういうので、学校にもこういう文書を添付という形で徹底をしておられます。注意、叱責を含めた懲戒についての配慮すべき事項をまとめたもので、「教育的な観点から安易な判断のもとで懲戒が行われることがないよう、その必要性を慎重に検討して行うこと。」などが指摘をされています。この研究所の生徒指導リーフレットでも、どのような児童生徒へと育んでいくのか、どうすれば望ましい大人へと成長、発達していってくれるのかを明確にし、それが実現するように計画的に働きかけを行うことなどを指摘をしています。
私、こういう観点で学校がやっぱり集団的に、生徒指導の在り方がどうなんだろうかと、こういう見直しをするということはとても大切だと思うんですよ。
指導死の中には、お菓子を食べていたと、このことで長時間の叱責に遭い、ほかに食べていた者はいないかと名前を挙げさせ、これがきっかけで自殺をしてしまったというような事例もあります。
このお菓子食べていたんじゃないかという指導は、当たり前に同じような指導が、私の子供の中学で見聞きしたことも、全く同じことをやられているんですよ。ある日、私も、息子が思い詰めた顔で、申し訳なかったと、学校からの帰り道に友達と一緒にたまたまポケットの中に入っていたお煎餅を食べながら帰って来ちゃったと。部活動でおなかすいたねって友達に言われて、それじゃお煎餅あるよって食べたと。何でこんなことを深刻に言うのかなと思ったら、学校の中でお菓子を食べた生徒がいると、それで全体に厳しい指導がやられて、自首しなかったらとんでもないことになるぞという指導が全体にやられたわけですよ。
私、初め、子供が言ったこと、冗談かと思いました。ブラックジョークかと思いました。何でそんなことで反省文書かなきゃいけないのって。あなた、一人で食べずに友達に分けて食べてよかったねと褒めてあげたいような気持ちになりました。
何でこんなことで子供を追い詰めるのか。こんなやり方だと、追い詰められるか、あるいは反発してより問題行動を起こすか、思春期ですから。そういうことになっちゃうというふうに思います。これは、だから、指導死が起きた学校の問題じゃないんですよ。当たり前に、とりわけ中学などで行われている生徒指導の在り方、あるいはこのリーフレットに基づいてそれぞれの学校でもう一度検証してほしい、こういうことを呼びかけること必要だと思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(馳浩君) 行き過ぎた指導が、あるいはその場にそぐわない、その状況にそぐわない指導が子供を自殺に追いやる、死に追いやる、あるいは衝動的な行動に追いやってしまうということについては、私は、十分にまず研究、あるいは全国からそういった事例もいただきながら私は対応していくべきだと思っています。改めて重大な私は問題点、論点になっていると、こういうふうに考えています。
したがって、全ての教職員、教育委員会においても、当然、我々文科省も認識しなければいけないのは、指導がまさしく衝動的に子供たちが死を選ぶ方向に行ってしまうような事案があるということを、現実を踏まえた上での対策を練っていかなければいけない、私はそういうふうに思います。
○田村智子君 終わります。